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東京地方裁判所 平成6年(ワ)2267号 判決

原告

征矢祐司

ほか二名

被告

株式会社グリーンキャブ

主文

一  被告は、原告征矢祐司に対し金四五〇七万一四二三円、同征矢進及び同征矢幸子に対しそれぞれ金四四万円並びにこれらに対する平成二年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  控訴費用は、これを一〇分し、その八を原告らの負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告は、原告征矢祐司に対し金二億二〇八四万五二八二円、同征矢幸子及び同征矢進に対しそれぞれ金五〇〇万円並びにこれらに対する平成二年六月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、信号機により交通整理の行われていない交差点を右折しようとした原動機付自転車が、その右方から直進してきたタクシーに衝突され、原動機付自転車の運転手が傷害を負つたことから、右運転手及びその両親が、タクシー会社に対し、自動車損害賠償法三条、民法七一五条に基づき、右傷害による人的損害の賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等

1  本件交通事故の発生(甲一、乙二の1)

事故の日時 平成二年六月二一日午後一〇時一〇分ころ

事故の場所 東京都新宿区新宿五―三先の、南北に走る区道と東西に走る都道(靖国通り)が交差する、信号機により交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)

被害者 原告征矢祐司(以下「原告祐司」という。)

関係車両 (一) 原告祐司が運転する原動機付自転車(大田区ひ八八八一、以下「原告車」という。)

(二) 被告が所有し、訴外伊東孝三(以下「訴外伊東」という。)が運転する事業用普通乗用自動車(練馬五五く九二六九、以下「被告車」という。)

事故の態様 原告車が区道から靖国通りを新宿方面へ右折した際、新宿方面から市ケ谷方面に向かつて直進してきた被告車が原告車に衝突した。

2  責任原因

本件事故は、訴外伊東の前方及び側方不注視の過失により生じたものであるところ、被告は被告車を保有しこれを自己のために運行の用に供していた者であり、また、被告は同人の使用者で、本件事故は訴外伊東が被告の業務を執行中に発生したものであることから、自賠法三条、民法七一五条に基づき、原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害の填補等

原告祐司は、被告から一〇〇万円及び自賠責保険から一六五〇万円の合計一七五〇万円の支払を受けた。また、原告祐司は、本件事故の後、平成二年六月二一日から平成三年二月二八日までの二二二日間、東京女子医科大学病院で入院治療を受けたが、その治療費三八六万四九二〇円は被告が支払つた。

二  争点

本件の争点は、損害額及び原告らと被告の過失割合(過失相殺)であり、当事者双方の主張は以下のとおりである。

1  損害額

(一) 原告らの主張

(1) 治療費 六三四万〇四三〇円

原告祐司の症状が固定したのは、平成四年一二月一六日であるが、その後も主として検査とリハビリテーシヨンのため一年に一回は約一か月間の入院を、また検査等のために月一回の割合で通院を余儀なくされており、症状固定後の治療費も本件事故と相当因果関係のある損害である。

〈1〉 虎の門病院入院分 六二八万六九三〇円

〈2〉 同病院通院分 四万九三〇〇円

〈3〉 玉川病院分 四二〇〇円

(2) 付添費 一億〇五七五万〇二七五円

〈1〉 事故日から症状固定日までの分 八八三万円

一日一万円、八八三日分。

〈2〉 症状固定日以降の分 九六九二万〇二七五円

ア 原告征矢幸子(以下、「原告幸子」という。)の付添費 一七九二万三三二五円

一日五〇〇〇円、一三年分。中間利息の控除につき、一三年の新ホフマン係数を用いる。

イ 職業付添人費用 七八九九万六九五〇円

一日一万円、四〇年分、中間利息の控除につき、四〇年の新ホフマン係数を用いる。

(3) 入院雑費 一二三万六二〇〇円

一日一四〇〇円、全入院日数のうち、八八三日分。

(4) 交通費 六八万〇一四〇円

(5) 医師に対する謝礼 一五〇万円

(6) 器具等の購入費 七九九万七三六四円

〈1〉 電動ベツド購入費 一二一万五〇〇〇円

一台二〇万二五〇〇円、一〇年に一台ずつ計六台分。

〈2〉 車椅子購入費 二五九万三五六〇円

一台二一万六一三〇円、五年に一台ずつ計一二台分。

〈3〉 パーソナルコンピユーター購入費 四一八万八八〇四円

一台六九万八一三四円、一〇年に一台ずつ計六台分。

(7) 損害賠償請求費用 三〇万一五〇〇円

禁治産宣告を受けるための鑑定費用及び公告料である。

(8) 休業損害 六〇四万四五六五円

年収二四一万七八二六円、症状固定日までの二・五年分。

(9) 逸失利益 七一二〇万八八二二円

平成三年度高卒男子平均年収三一四万九三〇〇円、四三年分、労働能力喪失率一〇〇パーセント。中間利息の控除につき、四三年の新ホフマン係数を用いる。

(10) 慰謝料 三九九八万円

〈1〉 入院慰謝料 三三八万円

二一か月分。

〈2〉 通院慰謝料 六〇万円

二三日分。

〈3〉 後遺障害慰謝料 二六〇〇万円

〈4〉 近親者慰謝料 一〇〇〇万円

原告征矢進(以下、「原告進」という。)、同幸子につき各五〇〇万円。

(11) 弁護士費用 八〇〇万円

以上の(1)から(11)の合計は、二億四九〇三万九二九六円であるが、原告らは、被告に対し、すでに填補を受けた一七五〇万円を差し引いた残余二億三一五三万九二九六円の一部である二億三〇八四万五二八二円の支払を求める。

(二) 被告の主張

原告祐司の症状固定日は平成三年一二月二一日である。

(1) 治療費 四二二万七三五九円

〈1〉 虎の門病院入院分 四二一万九六七九円

〈2〉 同病院通院分 三四八〇円

〈3〉 玉川病院分 四二〇〇円

症状固定日までの治療費である。

(2) 付添費 五〇五五万四一四〇円

〈1〉 事故日から症状固定日までの分 一四八万五〇〇〇円

東京女子医科大学病院は完全看護なので付添いは不要である。虎の門病院の付添費につき、一日五〇〇〇円、症状固定日までの入院期間二九七日分。

〈2〉 症状固定日以降の分 四九〇六万九一四〇円

ア 原告幸子の付添費 一八九四万二七七〇円

一日五〇〇〇円、一三年分。中間利息の控除につき、一三年のライプニツツ係数を用いる。

イ 職業付添人の費用 三〇一二万六三七〇円

一日一万円、四〇年分。中間利息の控除につき、五五年のライプニツツ係数から一三年のライプニツツ係数を控除した数を用いる。

(3) 入院雑費 六二万二八〇〇円

東京女子医科大学病院での入院日数二二二日と虎の門病院までの症状固定日での入院日数二九七日の計五一九日間につき一日当たり一二〇〇円とする。

(4) 交通費 三万九六六〇円

病院転送代のみが本件事故と相当因果関係がある。

(5) 医師への謝礼

認められない。

(6) 器具等の購入費

〈1〉 電動ベツド購入費 四九万六三六八円

〈2〉 車椅子購入費 九三万〇〇九三円

〈3〉 パーソナルコンピユーター購入費 一四七万〇七二〇円

右いずれについても、原告主張の各器具の単価、耐用年数を前提とするが、ライプニツツ現価表により中間利息を控除する。

(7) 損害賠償請求費用 三〇万一五〇〇円

(8) 休業損害 三六二万六七三九円

年収二四一万七八二六円、症状固定日まで一・五年。

(9) 逸失利益 五五九七万五六五八円

平成三年度高卒男子平均年収三一四万九三〇〇円、四五年分、労働能力喪失一〇〇パーセント。中間利息の控除につきライプニツツ係数を用いる。

(10) 慰謝料 二九一八万円

〈1〉 入院慰謝料 三一八万円

一七か月分。

〈2〉 通院慰謝料

症状固定後の通院につき慰謝料は認められない。

〈3〉 後遺障害慰謝料 二六〇〇万円

原告進、同幸子の近親者慰謝料も含めて、右金額が相当である。

2  過失割合

(一) 原告らの主張

本件事故は、訴外伊東が一〇〇メートル先まで視認できる見通しのよい道路を制限速度を一〇キロメートル超える時速六〇キロメートルで走行し、前方及び側方不注視であつたために生じたものである。原告車は、靖国通りの北側車線の横断終了寸前に、その中央寄り車線を直通してきた被告車に、自車の後部を衝突されたものであり、原告車は既に被告車の進路に先入していた。以上の各事実からすれば、原告祐司に過失があるとしても、その割合はせいぜい三割である。

(二) 被告の主張

原告車は、交差する靖国通りが優先道路であることが明らかであるにもかかわらず、徐行速度をはるかに超えた時速二四キロメートルで走行していたこと、原告祐司のヘルメツトの装着は不完全であつたこと、靖国通りは幅員二二・四五メートルと車道巾が広く交通頻繁であるので、区道から右折するのは無謀であり、左折してからUターンするのが通例であること、他方、被告車の速度は時速四八キロメートルであつたことからすれば、原告らと被告の間の過失割合は、原告ら九割、被告一割である。

第三争点に対する判断

一  損害額

1  原告祐司の症状等

前記争いのない事実及び証拠(甲二、三、一三、一八、乙一、七、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告祐司は、本件事故により、急性硬膜外血腫、頭蓋骨骨折、脳挫傷、意識障害、第五腰椎骨折、全身打撲の傷害を負い、東京女子医科大学病院、虎の門病院等で入通院治療を受けたが、精神障害、重度の失語症、両片麻痺、歩行不能の後遺障害が残り、同原告の労働能力は、本件事故により、一〇〇パーセント喪失された、原告祐司は、現在ほぼ寝たきりであり、コミユニケーシヨンも廃絶に近く、イエス、ノーでの返答が少しできる程度で、今後将来とも介護を常時必要とし、全介助の状態にある。原告祐司の右後遺障害の程度は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表一級二号及び三号に該当する。

(二) 原告祐司の症状固定日については、平成五年九月二二日付け診断書(甲二)に症状固定日を平成四年一二月一六日とする旨の記載があるが、右診断書に先立つて作成された自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書(乙七)の症状固定日欄には平成三年一二月二一日である旨記載されている。

(三) 原告祐司は、昭和四四年七月二六日生まれの高校を卒業した男子であり、同幸子は昭和一四年四月一三日生まれである。

以上の事実に基づき、原告祐司の症状固定日について検討すると、乙七によれば、平成四年一二月一六日は右乙七の後遺障害診断書の診断日及び診断書発行日であることが認められ、甲二の診断書における症状固定日は、右後遺障害診断書の診断日及び診断書発行日を誤つて記載したものと推認できる。したがつて、原告祐司の症状固定日は、乙七の記載どおり、平成三年一二月二一日と認められる。

2  治療費 六三四万〇四三〇円

(一) 虎の門病院入院分 六二八万六九三〇円

(二) 同病院通院分 四万九三〇〇円

(三) 玉川病院分 四二〇〇円

原告祐司は、虎の門病院において、平成三年二月二八日からその症状が固定した同年一二月二一日を超えてさらに同月二八日まで入院を継続したほか、平成六年六月三〇日までの間に四回にわたり入院し(入院日数合計四三五日)、これらの入院費用として計六二八万六九三〇円を支出したことが認められる(甲四の1ないし31、甲一四の1ないし3)。また、原告祐司は、同病院に対し、症状固定日以前のほかその翌日以降も外来治療を受け(通院実日数二三日)、その費用として計四万九三〇〇円を支出したことが認められる(甲四の4ないし30、甲五の1ないし38、甲一四の4ないし9)。原告祐司の右1記載の受傷の程度、後遺障害の程度等からすれば、同原告はその症状固定後も症状の悪化を防ぎ、症状固定の状態を維持するために、検査ないしリハビリテーシヨンを必要とし、そのために入通院しなければならなかつたと認められるから、右入通院治療費は本件交通事故と相当因果関係のある損害と認められる。

3  付添費 五一八一万四一四〇円

(一) 受傷日から症状固定日までの分 二七四万五〇〇〇円

原告祐司が本件交通事故により受傷した平成二年六月二一日から、その症状が固定する平成三年一二月二一日までの日数は五四九日であり、その間原告祐司は、1記載のとおり常時介護を必要とする状態であり、かつ原告幸子本人によれば、同原告が原告祐司に付き添つていたことが認められ、近親者の付添費は一日五〇〇〇円とするのが相当であるから、付添日数五四九日に一日当たりの付添費五〇〇〇円を乗じると、右金額となる。

(二) 症状固定日以降の分 四九〇六万九一四〇円

原告祐司は、1記載のとおり将来も常時介護を必要とする状態であるところ、同原告は症状固定時に二二歳であつて、その平均余命は五五年であり、また原告幸子は原告祐司の症状固定時には五二歳であるから、原告幸子は、平均労働可能年齢である六七歳までの一五年間は原告祐司の介護をすることができるものと認められるが、その後四〇年間は職業付添人の介護を要するものというべきである。そして、近親者の付添費は一日五〇〇円、職業付添人の費用は一日一万円とするのが相当であり、中間利息の控除につきライプニツツ係数を用いて計算すると、次の各金額となり、これを合算すると右金額となる。

(1) 原告幸子による介護 一八九四万二七七〇円

5000円×365日×10.3796=1894万2770円

(2) 職業付添人による介護 三〇一二万六三七〇円

1万円×365日×(18.6334-10.3796)=3012万6370円

4  入院雑費 七五万円

原告祐司の入院期間は六二五日間であるところ、入院雑費は一日当たり一二〇〇円とするのが相当であるから、右金額となる。

5  交通費 九五万五一四〇円

病院転送代のほか、自宅から虎の門病院までの通院交通費も本件事故と相当因果関係のある損害であり、原告祐司の右症状に照らし、通院のために寝台車両等を借り受ける必要があつたものと認められ、同原告は右交通費として九五万五一四〇円を支出したことが認められる(甲七、原告幸子本人)。

6  医師等への謝礼 四五万円

原告幸子本人によれば、原告らは、原告祐司の治療に当たつた医師ら九人に対し、一五〇万円以上の謝礼を支払つたものと認められるが、原告祐司の症状、治療状況その他本件訴訟に現れた諸般の事情を斟酌すると、その内、医師一人当たり五万円、計四五万円に限り、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

7  器具購入費 三二五万九〇二〇円

(一) 電動ベツド 四九万六四一四円

原告祐司は、1記載のとおり全介助の状態であるから、電動ベツドが必要であると認められるところ、甲八によれば、原告らはこれを一台につき二〇万二五〇〇円で購入したことが認められ、その耐用年数は一〇年とするのが相当であるから、症状固定時から平均余命までの五五年間にわたり、一〇年に一台の割合で購入するとして、その費用につき年五パーセントの中間利息の控除をライプニツツ法により計算すると、右金額となる。

20万2500円×2.45142959=49万6414円

(二) 車椅子 七三万四〇八八円

原告祐司は、1記載のとおり歩行不能の状態であるから、その歩行には車椅子が必要であると認められるところ、甲九の1、2、一七によれば、原告らは一台目の車椅子を二一万六一三〇円で、二台目の車椅子を一二万五〇〇〇円で購入したことが認められる。車椅子の耐用年数は五年とするのが相当であるから、症状固定時から平均余命までの五五年間にわたり、五年に一台の割合で購入するとして、その費用として右二台の車椅子代の平均額を認め、中間利息の控除をライプニツツ法により計算すると、右金額となる。

(21万6130円+12万5000円)÷2×4.30386243=73万4088円

(三) パーソナルコンピユーター購入費 二〇二万八五一八円

原告祐司は、1記載のとおりイエス・ノーでの応答が少しできるレベルであり、甲一〇、一三、原告幸子本人によれば、その応答についてパソコンを使用することが原告祐司の意識水準の賦活ひいては知的水準の賦活への手掛かりになるとの医師の勧めにより、原告らは八二万七四八四円でパソコン及びその周辺機器を購入したことが認められ、その耐用年数は一〇年とするのが相当であるから、症状固定時から平均余命までの五五年間にわたり、一〇年に一台の割合で購入するとして、その費用につき年五パーセントの中間利息の控除をライプニツツ法により計算すると、右金額となる。

82万7484円×2.45142959=202万8518円

8  禁治産宣告費用 三〇万一五〇〇円

甲一一により認められる。

9  休業損害 三六三万〇〇五一円

甲一二によれば、原告祐司は、本件事故当時、有限会社ワンズハートで勤務しており、その平成元年度の給与所得は二四一万七八二六円であつたが、本件事故により、その翌日である平成二年六月二二日からその症状が固定する平成三年一二月二一日まで働くことができなかつた。

同原告は、本件事故に遭わなければ、右症状固定日まで右会社で働いて右同様の収入を得ることができたと推認することができる。したがつて、休業損害は三六三万〇〇五一円となる。

241万7826円÷365日×548日=363万0051円

10  後遺障害による逸失利益 五五九七万五六五八円

1記載のとおり、原告祐司の後遺障害は、後遺障害別等級表一級二号及び三号に該当しており、原告祐司は、右後遺障害により、症状固定日から六七歳に達するまでの五五年間を通じて、その労働能力を一〇〇パーセント喪失したと認められる。

原告祐司は高卒の男子であり、本件事故に遭わなければ、症状固定時から六七歳に達するまでの四五年間、少なくとも平成三年賃金センサス第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・新高卒・全年齢平均の年収額を得ることができたと推認されるので、その額を基礎として、ライプニツツ方式により中間利息を控除して四五年間の逸失利益の本件事故時の現価を求めると、右金額となる。

314万9300円×17.7740=5597万5658円

11  慰謝料

(一) 原告祐司分 二八五〇万円

(1) 入通院慰謝料 三五〇万円

原告祐司の症状固定日までの入院日数は五四九日、通院実日数二三日であるところ、右期間の入通院慰謝料として三五〇万円を認めるのが相当である。

(2) 後遺症慰謝料 二五〇〇万円

原告祐司の1記載の後遺障害の程度からして、同人の右後遺障害に対する慰謝料としては二五〇〇万円を認めるのが相当である。

(二) 原告進及び同幸子分 各一〇〇万円

原告祐司の1記載の傷害の程度からして、原告進及び同幸子は、同祐司の死亡に比肩しうる精神的苦痛を被つたと認められ、右各苦痛に対する慰謝料として各一〇〇万円を認めるのが相当である。

12  小計

1ないし11の損害額の合計は、原告祐司につき一億五一九七万五九三九円となり、同進及び同幸子につき各一〇〇万円となる。なお、被告が支弁した東京女子医科大学病院の治療費三八六万四九二〇円を加えると原告祐司の損害額の合計は、一億五五八四万〇八五九円となる。

二  過失割合(過失相殺)

1  前記争いのない事実等及び証拠(乙二の1、2、五、証人関野博文、同坂本誠徳の各証言)によれば、次の事実が認められる。

本件交差点は、東西に走る都道靖国通りと南北に走る区道が交差する交差点であるが、信号機による交通整理は行われていない。靖国通りは、車道幅員二二・四五メートル、片側四車線で、中央線は白色ペイントの実線二本で鮮明に標示されており、その両側には北側四・二五メートル、南側六・二〇メートルの歩道があり、最高速度は時速五〇キロメートルに規制されている。区道のうち、靖国通り寄り北側の通りは、車道幅員四メートル、相互通行で、ペイント、一時停止の規制標識標示、指定標識による最高速度規制はない。右道路はいずれも直線で、路面はアスフアルト舗装され、平坦である。靖国通りを走行する車両から見れば、右の南北に走る区道はその幅員からビルの谷間に挟まれた路地の体裁を示し、かつ、本件交差点手前に停止線がないことから、右の区道から靖国通りを横断し、あるいは右折進行する車両が存在することを認識するのが困難な状況にある。原告車及び被告車の進行方向から前方左右の見通しは良く、双方とも前方約一〇〇メートルまで視認できた。本件事故当時は、靖国通りの交通は頻繁であり、夜間であつたが街路灯による照明は明るく、天候は曇りであつた。靖国通りの北側車線のうち最も歩道寄りの車線には、駐車車両がまばらに存在しており、また本件交差点の西側には歩道橋が設置されていたが、そのために区道から靖国通り新宿方面の見通しが悪くなることはなかつた。

原告祐司は、本件交差点の北西角に位置する東京厚生年金会館での仕事を終え、他の仕事仲間と食事するために原告車に乗つて同駐車場を出発し、区道を南に下つて行つた。原告車の前照灯は点いていた。区道から靖国通りに至る途中で他の仲間を追越して行つたが、そのときの原告車の速度は大体時速一〇キロメートル以下であり、徐行している状態であつた。原告車は、靖国通りの歩道の前辺りで、歩行者に注意して、徐行しながら進行し、靖国通りの歩道と車道の接点付近で右方を確認し、それから加速し、靖国通りを右折するためその北側車線を横断していつたが、別紙現場見取図(以下「本件現場見取図」という。)記載〈×〉の地点で被告車に衝突された。衝突時、原告車の速度は時速三〇キロメートル程度まで達していた。衝突する直前に原告車のブレーキランプは点灯しなかつた。

訴外伊東は、靖国通り第四車線を西方から進行してきたが、本件交差点より約一〇〇メートル西方に位置し、本件交差点より一つ手前の、信号機により交通整理の行われている交差点で赤信号により最前列で停止した。同人が、右交差点を青信号により発進し、時速約六〇キロメートル弱で本件交差点にさしかかり、本件交差点西方の歩道橋の手前の、本件現場見取図〈1〉記載の地点に来たとき、被告車の左側の車線、本件現場見取図〈A〉記載の地点には、被告車の前方約六・五メートルを走行する車両(以下「並走車」という。)がいたが、本件現場見取図記載〈2〉'の地点(訴外伊東が原告車を発見する一秒前の地点であつて衝突地点から三三メートル手前の地点)においても、前方の見通しは良好で、本件現場見取図記載〈ア〉'の地点にいたと推定される原告車の視認に支障はなかつた。訴外伊東は、本件現場見取図記載〈1〉の地点で前方約一〇〇メートル遠方の信号機の方向を見、本件現場見取図記載〈2〉の地点で初めて、約一六・八メートル前方の本件現場見取図記載〈ア〉の地点にいる原告車を発見して急ブレーキをかけたものの間に合わず、本件現場見取図記載〈×〉の地点で原告車の座席下後方に被告車の前部バンパー左側、左フエンダー、ボンネツトが衝突した。被告車は、急ブレーキをかけた右〈2〉の地点から約四〇・九メートル離れた地点で停止した。原告祐司は、衝突地点から二一・一メートル離れた靖国通り南側第二車線に、同原告の装着していたヘルメツトは衝突地点から一二・五メートル離れた同第一車線にそれぞれ投げ出された。衝突前、被告車の前照灯は点いていた。本件事故現場には、被告車によつて印象された一二メートル及び九・五〇メートルにわたる二条のスリツプ痕が残されていた。

2  前記争いのない事実等及び右認定事実によれば、原告祐司は、狭路である区道から、一時停止はしなかつたものの徐行して右方を確認し、西方に被告車を認めたものの、被告車の前方を安全に右折し終えることができると判断して、加速しながら優先道路である靖国通りを右折しようとしたが、前記〈×〉の地点で、原告車の座席下後方に、靖国通りを直進してきた被告車の右前部が衝突したと認められる。そうすると、優先道路とそうでない道路とが交差する場合には優先道路を走行する車両が優先し、そうでない道路を走行する車両は優先道路を走行する車両の進行を妨害してはならないとされているうえ、直進車両と右折車両の関係では直進車両が優先するとされているから、狭路から優先道路への右折車両の運転者は、右折するに際し、優先道路を直進してくる対向車両の動静を十分に確認し、その進行を妨げてはならない注意義務があるにもかかわらず、原告祐司は、これを怠り、被告車の前方を安全に右折できると軽信して右折を開始した過失があつたものというべきである。また、交差点を右折しようとする車両の運転者は交差点を徐行すべき注意義務があるのであるから、原告祐司が徐行しなかつた点にも非難されるべきところがあつたというべきである。他方、訴外伊東は、本件交差点の手前の交差点を最前列で出発し、かつ並走車によつて視界を妨げられることもなく走行したのであり、原告車が本件交差点に進入した時からその動静を視認し得たものというべきところ、靖国通り北側車線を横断してくる原告車に、同車が自車の一六・八メートル前方の前記〈ア〉の地点に来るまで気が付かなかつたのであり、前方の注視に欠ける過失があつたことは明らかである。そして、右両者の基本的な優先関係、原告車両が先入していたこと及び過失の程度を総合すると、原告祐司と被告との過失割合は、前者が六割、後者が四割であると認めるのが相当である。

3  この点に関し、被告は、原告祐司の過失として、右のほかヘルメツトの装着が不完全であつたことを主張し、その根拠として衝突後原告祐司の頭からヘルメツトがはずれていたこと及び原告祐司の倒れていた位置とヘルメツトの残つていた位置が離れていたことを主張するが、前示の原告祐司の衝突後に転倒した位置からすれば、相当程度の衝撃を受けたことが明らかであり、原告祐司が通常にヘルメツトを装着していたとしてもこれが外れることも考えられるから、右各事実をもつてしても、原告祐司のヘルメツトの装着が不完全だつたと認めるには足りない。また、被告は原告祐司の過失として、右折自体が無謀であり、左折してからUターンするのが通常である旨主張するが、原告祐司の来た区道から靖国通りへ右折することは禁止されていないのであるから、右折したこと自体をもつて原告祐司に過失があつたとすることはできない。

他方原告らは、訴外伊東に時速六〇キロメートルを超える速度違反の点があつた旨主張するが、証人坂本及び同関野の各証言に被告車が原告車を発見して急ブレーキをかけてから止まるまでの距離が四〇・九メートルであることを考え合わせると、伊東車の速度は五〇キロメートルと六〇キロメートルの間、六〇キロメートル弱程度であつたと認められる。

三  過失相殺及び填補

前記認定のとおり、原告祐司の過失は六割であるから、それぞれ過失相殺し(なお、原告幸子、同進についても被害者側の過失として斟酌する。)、一七五〇万円の填補額及び東京女子医科大学病院の治療費三八六万四九二〇円を原告祐司の損害額から控除すると、その損害額は原告祐司については四〇九七万一四二三円、同進及び同幸子については各四〇万円となる。

四  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経緯及び右認容額等の諸事情に鑑み、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告祐司に四一〇万円を、原告進及び同幸子に各四万円を認めるのが相当である。

五  以上によれば、原告らの本件請求は、原告祐司に対し四五〇七万一四二三円、同進及び同幸子に対しそれぞれ四四万円並びにこれに対する本件事故の日である平成二年六月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度でこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 竹内純一 波多江久美子)

別紙

〈省略〉

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